みんなの投稿
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流浪一天 第二章 (二十一)
スッと短く息を吸ったかと思うと突如、傅朱蓮は立ち上がり弓を引き絞った。范撞がやって見せたのと全く同じ、目一杯弓が撓っている。しかし狙いが定まっているのかは判らない。すぐさま矢が放...
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流浪一天 第二章 (二十)
馬で駆け出しながら傅朱蓮は右手の宝剣を振るって襲い掛かる矢を弾いてゆく。 「横だ!」 突然范撞が叫んで跳躍し、真っ直ぐ傅朱蓮に向かい放たれた矢を切り落とす。今度は上からではない。...
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『陽菜子さんの容易なる越境』/オリジナル創作小説
―今あなたがいる場所を、決めた頃のあなたへ。
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流浪一天 第二章 (十九)
「よいか、皆不用意に動いてはならぬ。それぞれ鏢頭の指示に従うのだ。敵は左手の山に潜んでいる筈だ。まだ荷駄の向こうへは出るなよ」 朱不尽が表に出ている者達に冷静にそう言うと、剣を抜い...
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流浪一天 第二章 (十八)
傅朱蓮が近くにあった桑の木に馬を繋いでいる。半ば枯れて殆ど実が見られないが、かなり高く寺の屋根を優に越えている。 「今日は何処にも行かないのか?」 范撞が声をかける。 「もうこん...
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流浪一天 第二章 (十七)
傅朱蓮が荷駄隊に加わってから五日、特に変わった事も無く毎日黙々と進むだけだった。勿論それは仕事が順調に進んでいるということである。夜になって休む時には傅朱蓮はどこかへ消える。そこ...
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流浪一天 第二章 (十六)
傅朱蓮と范撞が楊迅を挟んで話すので、楊迅少し下がって歩いていた。年頃の女性がこれほど近くに居る事など今までに無く、どうすればいいのかわからない。もっとよく顔を見たいとも思うが、も...
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流浪一天 第二章 (十五)
傅朱蓮の突然の申し出に朱不尽は当惑した。 「同行?それは困る」 「あらどうして?私の剣は役に立たないかしら?」 「いや、そなたには俺でも敵うまい。我等はこれだけの男所帯だ。だから...
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流浪一天 第二章 (十四)
緑恒を離れて八日、何事も無く順調に進んでいた朱不尽の荷駄隊に、馬蹄の響きが後方から近づいてくる。魯鏢頭が振り返ると馬が一頭真っ直ぐ走って来ていた。向こうに気取られない様にしながら...
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流浪一天 第二章 (十三)
朝、范撞が表に出ると朱不尽と五人の鏢頭が集まっている。 「朱さん、田の奴がもう荷が担げねえってよ」 「何だと?真武剣派はそんな柔な奴ばかりなのか?」 魯鏢頭が呆れたように言う。 ...
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流浪一天 第二章 (十二)
朱不尽と一行は、後は景北港を目指せば良いだけだが、再び緑恒を通るので一旦鏢局の屋敷に戻る事になった。今回は范撞、楊迅の若い二人が役に立っている。真武剣派の人間、田庭閑の相手役だ。...
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流浪一天 第二章 (十一)
早朝、陽が登り始める頃、朱不尽と鏢局の者は全て出立の準備を済ませ、ずっと待機している。予定ではもう武慶を発っているのだが、まだ人が揃わなかった。 「もう行ったらいいんじゃねえか?...
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流浪一天 第二章 (十)
(・・・何だこれは・・・芝居か?) 何か変だ。男が自分に向かって生意気な口を聞き、陸皓がそれを叱った。ごく普通の事なのだが、なぜか朱不尽は不安を覚えた。陸皓は床に平伏している男を冷...
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流浪一天 第二章 (九)
杖を持ち、少し古びた黒の衣装を纏った小柄な老人と、その後に続いて一人の若い男が部屋に入ってくる。朱不尽は今までに経験した事の無い様な緊張感をその身に感じていた。白千風が老人の前に...
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流浪一天 第二章 (八)
いよいよ武慶に入るという日、空はようやく久しぶりに青く晴れ渡った。武慶の北門までやって来た一行はそこで小休止し、朱不尽は五人居る鏢頭を集めて何やら打ち合わせをしている。この武慶辺...
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流浪一天 第二章 (七)
范凱は朱不尽の話を聞いてすぐに早馬を景北港へと向かわせたが、やはり方崖の祝い事について何も掴めていなかった。緑恒千河幇は太乙北辰教とは長年付き合いがあり、世間的には北辰の一派と思...
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流浪一天 第二章 (六)
老人はそれ以上は話そうとはしなかった。 「この雨だ。あまり遅くなってはいかん。楊迅、やってみるか?」 「はい。お願いいたします」 楊迅は立ち上がると後ろを向き、少し背筋を伸ばすと...
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流浪一天 第二章 (五)
「さっきは何やってたんだ?雨ん中・・・なんか修行か?気失ってたんじゃないだろうなあ、ハハッ」 范撞は自分で言った事が面白かったらしく、そう言って笑う。老人は何も言わずにニヤッとした...
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流浪一天 第二章 (四)
雨が降り出し暗くなってきている中を、楊迅は少し歩を早めて鏢局を出て行く。 「雨は強くなる一方だぞ。遅くならんようにな」 門の所に居る魯鏢頭が声をかけると楊迅は頷いて出て行った。出...
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流浪一天 第二章 (三)
「景北港?まさか・・・方崖かね?」 「それが、そのまさかでして」 「・・・フフッ、真武剣派はよく働くな。朱さんに依頼したこの荷ひとつで、我が幇会と北辰を揺さぶろうというところか。前...
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流浪一天 第二章 (二)
雨季が迫り、徐々に黒い雲が空を覆う日が増えてきた。都より東南の方角に白珪山というこの国でも一、二を争う、美しさで知られる山がある。古来より人々の信仰を集め、今でも国中からこの山を...
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流浪一天 第二章 (一)
林の中を疾駆する二人の男。二人とも剣を抜いて並んで走っている。二人の足音と時折聞こえる獣の声、風の音以外は聞こえない。 「見失ったな」 「もう戻った方がいいな。奴ももう諦めただろ...
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流浪一天 第一章 (三十六)
「好天が続くのう」 翌朝、表に馬を引いてきた洪破天は宿の表に出ていた夏天佑に声をかけた。 「向こうに着く頃にはいやと言うほど雨が降るさ。向こうでな」 「気が滅入るのう」 「今から心...
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流浪一天 第一章 (三十五)
史小倚の宿に再び王喜勝らもやって来て、夏天佑が酒を振舞った。無論豪華な宴席などではない。普段の夕食に王喜勝ら三人が加わっただけだ。 「他の教徒達にも宜しく言っといてくれ。これから...
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流浪一天 第一章 (三十四)
「お前が居ると安心して発つことができんな」 「・・・失礼いたします」 「二度と来るんじゃないよ!」 張撰修ともう一人の男が夏天佑の横を通り過ぎて宿を出ようとすると、李軍が再び調子よ...
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流浪一天 第一章 (三十三)
「これは気がつきませんで、申し訳ございません」 史小倚はあわてて若者達の許へ急いだ。王喜勝と李軍はそそくさと立ち上がり帰ろうとする。 「フフッ・・・教徒の方々、我等のことはお気にな...
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流浪一天 第一章 (三十二)
梁発の柩の前に立つと、梁媛は弟の頬に触れる。前に洪破天らに「覚悟はできている」とは言ったが、このような最後など想像もしていなかった。 「発・・・ごめんね」 微かな、震える声しか出...
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流浪一天 第一章 (三十一)
儀正の第一声は意外にも穏やかで、柔和な眼差しに変わっている。 「ここの方丈、儀正大師じゃ」 平大生は振り返って洪破天等に言うと、儀正に向き直った。 「無理を言って申し訳ない」 平大...
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流浪一天 第一章 (三十)
小鳥のさえずりが聞こえる静かなこの庭園は平和そのものだ。夏天佑はこの柔らかい空気を乱さぬように話を続けた。 「俺も爺さんもここから遠く離れた田舎の小さな村で暮らしていた。だが、そ...
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流浪一天 第一章 (二十九)
あれから梁媛は一言も話さず、食事も口にしていない。洪破天も口を開かなかった。外はまた穏やかな春の日差しで溢れているというのに、部屋の中は重い空気で息が詰まりそうだ。 「小僧をどう...
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流浪一天 第一章 (二十八)
「とにかく座れよ」 夏天佑は、半ば強引に洪破天を押し戻しながら尋ねる。 「媛はどうした?」 すると洪破天は梁媛の寝台の傍に行って、まだ気を失っている梁媛の細い手を取った。 「媛・・...
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流浪一天 第一章 (二十七)
夏天佑がゆっくりと張撰修らの方へ歩き始めると、三人の男は揃って思わず後ずさる。平大生が言う。 「おう、おぬしか。いやなに、こちらは真武剣派の方々でな。人を探しておられるのじゃ」 ...
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流浪一天 第一章 (二十六)
平大生の許へ家僕の男がやって来た。 「旦那様。今、表に真武剣派の者だと名乗る人が来ているのですが」 「なんじゃと?・・・何と言っておる?」 「洪破天様にお会いしたいと・・・」 「...
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流浪一天 第一章 (二十五)
宿の主人、史小倚が先程から表の様子を伺っている。そこへ夏天佑が部屋から出て降りてきた。 「あ、あのう、洪破天様は今日はこちらにお戻りになられるので?」 「ん?そのはずだが・・・遅...
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流浪一天 第一章 (二十四)
平大生の屋敷に戻ると庭にある大きな立ち木に動けない男を縛りつけ、梁媛、梁発の許へ急いだ。部屋に入ると、横の寝台に梁媛、正面に梁発が横たわっており、その下には小振りの甕が置いてある...
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流浪一天 第一章 (二十三)
「くそ・・・あの馬鹿がっ・・・た、助からんぞ・・・奴に殺される!」 息が乱れ、必死に膝を抱え込んでいる。 (何処へ逃げる・・・?あの爺はあいつを追ってんだ。俺じゃねえ・・・。張の奴...
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流浪一天 第一章 (二十二)
屋敷の前から門までちょっとした庭園が作られている。確かに慌しく急な怪我人病人を担ぎこむことを考えて作られてはいない。洪破天は庭などには興味が無い。まして今は暗く、前にある弱々しい...
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流浪一天 第一章 (二十一)
平大生の屋敷の裏手に回ってきた洪破天は裏にも割と大きな扉の勝手口があるのを見つけると、先程と同じように門を叩いた。 「おーい、大生よ。死んだか?寝とるのか?出て来い」 他人が聞け...
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流浪一天 第一章 (二十)
「おう、そうじゃ今のうちに薬を取ってきておこう。まだ平の奴は起きておるじゃろ」 前に梁発を連れて行った時は真夜中だったが、あの時は急を要した事もあり時間など気にもしなかった。だが洪...
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流浪一天 第一章 (十九)
その夜、史小倚の宿屋で洪破天と梁媛、梁発の三人が話をしていた。夏天佑の姿は無い。 「わしの家は・・・家と言ってもずっとほったらかしのぼろ家でな。ここからずっと東の、東淵という所に...
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流浪一天 第一章 (十八)
洪破天達は王喜勝の店まで戻って来たが、梁媛、梁発の姿は見えなかった。 「まだかかるのか?」 洪破天が奥を覗き込むと、梁発は頭髪を整えており、梁媛は湯から出て着替えているところだっ...
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流浪一天 第一章 (十七)
「あれか?思ったより若いな。俺達と変わらんのじゃないか?」 「江湖に敵無しとか、ふん、どうせ北辰の大法螺だろう?教主はまだ餓鬼だ。舐められないように虚勢を張ってるんだろ」 「隣の爺...
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流浪一天 第一章 (十六)
「で?何の用じゃ」 洪破天は相変わらず顔も見ずに話している。夏天佑のほうはじっとこの張撰修を見ていた。 「いえ、御二方がこの都に御光臨される事など稀な事。私は所用が御座いまして参り...
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流浪一天 第一章 (十五)
洪破天は夏天佑の傍に歩み寄り話しかける。 「おぬしの威光はこの都まで届いておるな」 「威光などあるもんか。この街で俺を知っている人間は七人程らしい。もっと有名人は沢山居るだろう。...
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流浪一天 第一章 (十四)
「か、金はあるんだぞ」 洪破天の声が若干高く、わずかに震えているのはこみ上げる怒りを抑えているからだろう。しかし時間の問題だ。この爺さんは次に言葉を発することは恐らく無く、あの女に...
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流浪一天 第一章 (十三)
夏天佑が部屋に入ると洪破天はまだ酒を飲んでいた。梁媛、梁発の二人は横になっていたが、梁媛は物音に気付いたのだろうか、寝台の上で起き上がった。 「さすが耳が聡いな。技だな」 夏天佑...
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流浪一天 第一章 (十二)
宿の主人は震えながら椅子に座る。夏天佑は溜息をついて天井を見上げた。 「なぁ、俺はそんなに怖いかい?」 「そ、そのようなことは・・・」 「あんた名は?」 「私は、史と申します。」...
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流浪一天 第一章 (十一)
その後はあまり宿屋を離れず、陽が落ちるまで周辺をただぶらぶらしていただけだったが、梁媛、梁発の二人には初めて目にするものも多く、飽きることは無かった。やがて夜になり宿に戻って晩飯...
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流浪一天 第一章 (十)
春らしい暖かな日差しが窓から差し込んでくる。どうやらもう昼のようだ。梁媛が横になったまま隣に目をやると、隣の寝台は空っぽだった。反対側の寝台にも誰もいない。ハッと息を呑んで上体を...