みんなの投稿
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樹木谷坂(NO.167) /文京区湯島
所在地:文京区湯島1 じゅもくだに坂と呼ぶそうで、別名、地獄谷坂ともいうそうです。 場所は、東京医科歯科大学の北側にあり、坂上は本郷通りに、坂下はこの前からたびたび登場している蔵前...
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下北沢X物語(1208)~近代の歌枕「大井町」を訪ねて...
口語自由詩の先鞭を切り拓いた二人の詩人の痕跡が大井町にはある。高村光太郎と萩原朔太郎である。 大井町駅を南に辿ると東南に伸びる下り坂がある。ゼェームス坂と言われる。ゼェームス坂...
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下北沢X物語(1207)~近代の歌枕「大井町」を訪ねて...
歌枕とは詩歌に引証された地名だ。土地の匂いを詩歌に詠み込んで謳い上げたもので、古典伝統の世界での約束ごとである。地名を讃えて、それを詩句に詠むことは近代においてはなくなった。が、...
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下北沢X物語(1206)~文学のふるさとを訪ねて(後編...
近代の時間は高速で流れている。文明は自らは速度を制御できない。速く、速く進むばかりである。が、速度のまっただ中に生きているとその高速性は認知されない。 この間のことになるが面白...
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下北沢X物語(1205)~文学のふるさとを訪ねて~
とある人物が歩き神に取り憑かれて遙かな陸奥への旅心を募らせた。そこには一度は行ってみたいと思っていた。「深川芭蕉庵旧地」である。今もそこは残っていて、芭蕉稲荷が祀ってあるという。...
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下北沢X物語(1204)~続ダイダラボッチ巡礼行(5)...
ダイダラボッチとは何か、突き詰めていくと、我々の歴史、あるいは言語というものの根源にまで遡っていく。ダイダラボッチというこの奇妙な響きと巨人の足跡、それは単なる伝説として片...
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下北沢X物語(1203)~続ダイダラボッチ巡礼行(4)...
今生世界と冥界異界とのぎりぎりの境を繋ぐのが詩である。あたかもそうであるようなないようなところを衝いて人の心線に、伝えを響かせるものである。ダイダラボッチという語が持つ...
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温泉寺山門及び薬師堂のライトアップ④
今日は、温泉寺の住職、副住職にも立ち会って頂きました。 なかなか見る事の出来ない薬師堂の中を拝見させて頂きました。 日光・月光の両脇士、十二神将貴重なものがずらり。 色も禿げずに...
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下北沢X物語(1202)~続ダイダラボッチ巡礼行(3)...
ダイダラボッチ伝説は間違いなく口承説話である。すなわち、人の手を通して口伝えで伝えられてきた話である。が、それは単に機械的に伝えることではない。生身の人間が介在して伝えられてきた...
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下北沢X物語(1201)~続ダイダラボッチ巡礼行(2)...
ダイダラボッチ巡礼は何とも不思議な旅である。ダイダラボッチを巡って行くと、海軍にぶつかる。不思議な因縁である。最初は自宅近くの衾町公園のところが足跡かもしれないと思ってそれを...
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下北沢X物語(1200)~続ダイダラボッチ巡礼行(1)...
ダイダラボッチという言葉にはなんとも不思議な響きがある。ここに大きな秘密が隠されている。遙かな遙かな遠い古代へ導く音である。 daidarabochi、これを口ずさみながら幾つも幾つ...
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下北沢X物語(1199)~「北沢川文化遺産保存の会」会報 第27号...
「北沢川文化遺産保存の会」会報 第27号 会長 長井 邦雄 ...
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下北沢X物語(1198)~武蔵野鉄道キャッチコピー闘争...
京王電車、武蔵野鉄道、それぞれに客寄せの名言を枕に振った後に、つぎに内容に触れていく。これらを読むと大正時代の緑豊かな沿線風景が鮮やかに浮かんでくる。 国府の遺址を初めとし、六所...
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下北沢X物語(1197)~武蔵野鉄道キャッチコピー闘争...
国木田独歩は、東京という都の西から北にかけて広がる自然を言葉で切り開いた。「武蔵野」という世界である。その詩心にあたかも呼応するように鉄道会社が、そこに新しく線路を敷設した。そし...
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下北沢X物語(1196)~荏原ダイダラボッチ巡礼行10...
言葉は形を示す約束事である。ダイダラボッチも名称を与えることによってその形が想起された。「常陸国風土記」では、その具体的な形が説明されている。「大櫛の岡」の形成伝説である。か...
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衆楽坂(NO.153) /渋谷区恵比寿西
所在地:渋谷区恵比寿西2 しゅうらく坂とよぶそうです。 場所は、代官山坂(NO.152)の坂下から続く道をそのまま西へ、てくてくと歩き、東急東横線をわたると、ちょうど衆楽坂の坂上あたりにや...
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下北沢X物語(1195)~荏原ダイダラボッチ巡礼行9~
ダイダラボッチは土に根ざした口碑である。地域の谷間にこっそりと隠れ潜む文化である。土俗性を帯びたこれは地域が都市化することによって、その痕跡すらも失われつつある。が、たかだか四...
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下北沢X物語(1194)~荏原ダイダラボッチ巡礼行8~
我々は言い伝え、伝説、口碑から遠ざかった生活をしている。土地に住んではいるが、土地の謂われを知らないで生きている。場合によっては、地表の土地よりもネット上の虚構空間の方に...
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下北沢X物語(1193)~荏原ダイダラボッチ巡礼行7~
駒沢村のダイダラボッチの足跡は、現在の「鶴が窪公園」ではないかと推測している。が、もう一つの足跡が残っている。民俗学者は第一に代田、第二に鶴が窪、そしてもう一つ駒沢村に別...
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下北沢X物語(1192)~荏原ダイダラボッチ巡礼行6~
弁財天を探していったら庚申塔にぶつかった。「いや、うちの敷地のところに庚申様があったんだけど建て替えのときに寺に移してしまったんですよ。池ですか、それはほら向かいの家の下、そ...
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下北沢X物語(1191)~荏原ダイダラボッチ巡礼行5~...
伝ダイダラボッチ窪を巡礼している。これらの地に共通している点は字名に窪がつくことだ。行ってみてわかることだが見事な窪が見られる。今日も狢窪を探して行ったところ、見事な窪みを見つ...
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下北沢X物語(1190)~荏原ダイダラボッチ巡礼行4~...
ダイダラボッチ民譚は歴史を測るものさしである。文字に書かれた話ではなく言い伝えられ、伝承されてきた話だ。この言葉そのものは異国語である。何千年と語り伝えられてきた言葉のかけら...
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下北沢X物語(1189)~荏原ダイダラボッチ巡礼行3~
ネット上のドラマというのはよくある。驚くことがしばしばだ。一つの疑問がひょんなことから解けた。「原の清水」の神様は何だったのかということが思いがけないことから分かった。これも資料...
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下北沢X物語(1188)~荏原ダイダラボッチ巡礼行2~
言葉は世界を発見させるものでもある。「大太郎法師巡礼行」とタイトルを名づけたとたんに、もしかしたら江戸期においてそんな巡礼が行われていたのかもしれないと思ったことだ。江戸...
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下北沢X物語(1187)~荏原ダイダラボッチ巡礼行1~
巨人の足跡、ダイダラボッチ、これが荏原のそこここに伝説として眠っている。柳田国男はそのいくつかの跡を訪ねて行って、それぞれに足跡の向き、方向が違っていることを知った。そ...
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蒙古襲来絵詞の紋
蒙古襲来絵詞の紋 鎌倉時代の文永十一年(1274)と弘安四年(1281)の二回にわたって蒙古は日本に襲来してきた。 それを迎え撃った九州の諸将の中に肥後(熊本県)の竹崎の住人...
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下北沢X物語(1186)~もう一つの海軍村(補遺了)~
目黒区は内陸区である。隣接する大田区、品川区、港区はいずれも海に臨んでいる。が、海軍軍人が多く居住する海軍村の多くは海から一歩退いた目黒区にあった。なぜなのだろうか。 目黒区に...
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下北沢X物語(1185)~もう一つの海軍村(補遺6)~
海軍がなぜ目黒西南部に集まったかという問題は、大きな謎解きである。いつもは自転車で周り廻って関係箇所を調べる、けれども今回のことについては歩き回ってフィールドワークをしている。手...
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下北沢X物語(1184)~もう一つの海軍村(補遺5)~
池から海への大旅行をしている。衾町公園にあったという池を探していたら、海に出会ってしまった。「この一帯には海軍が大勢住んでいたんだ」と原さんが教えてくれた。そのことから、古代のダ...
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カッターシャツの謎
こないだ、子供に 「カッター洗濯したか?」って聞いたら、 「へ?」ときょとん顔。 「カッターシャツ洗ろたか?って聞いてんねん」 「何?シャツ?ワイシャツのこと??」 って...
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下北沢X物語(1183)~もう一つの海軍村(補遺4)~
武蔵野の起伏のある地形には今もなお隠された物語が潜んでいる。それらを尾根をいく古道に、谷を上る坂道に、あるいは水路跡に、または鎮守の森などに、嗅ぎつけて読み解いていく。そこに土...
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[三田用水]情報交換所~三田用水を巡る討議:記録:...
[三田用水]情報交換所Ⅰ ~三田用水を巡る討議:記録:情報など~ 三田用水は江戸時代の寛文四年(1664)に中村八郎右衛門、磯野助六の両名が開いた三田上水を始めとしている。当...
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下北沢X物語(1182)~もう一つの海軍村(補遺3)~
近郊鉄道の交差地点には文化の鉱脈が眠っている。交通の利便性が多くの人や物を引き付けているからである。その場合の参集には偶然的なものが多い。たまたま便利だったから集まったというもの...
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下北沢X物語(1181)~もう一つの海軍村(補遺2)~
明治期に忽然と出現した鉄道、移り変わりゆくその車窓は目に綾な動く景色画であった。文章の書き手たちはこれをどう書き表そうかと腐心し、苦闘した。つまり、「廻り燈籠の絵のような」車窓...
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下北沢X物語(1180)~もう一つの海軍村(補遺1)~
目黒の小池を探しに行ったら大海原に出くわしてしまった。さざなみどころか情報の大波に打たれて目眩がしてしまいそうになった。 ひょうたんから海軍である。家の近くの公園が沼跡ではな...
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下北沢X物語(1179)~「北沢川文化遺産保存の会」会報 第26号...
「北沢川文化遺産保存の会」会報 第26号 ...
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下北沢X物語(1178)~もう一つの海軍村(終)~
地名は土地の歴史を映し出す鏡である。もともとは土臭いものである。ところが都市近代は土俗的なにおいを嫌う。古い鏡はつぎつぎに取り替えられていった。池淵もその一つと言ってよい。 池...
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下北沢X物語(1177)~もう一つの海軍村3~
「八雲」という言葉は大和の文化伝統を色濃く引き摺っている言葉だ。すなわち、日本最古の和歌とされる「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」から来ている。出雲にかかる...
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下北沢X物語(1176)~もう一つの海軍村2~
都市近代の物語は、進歩発展のプロセスである。ささやかだったものが次第に大きくなっていく。ガタ馬車が、電車に代わり、まわりの麦畑や竹藪がつぎつぎと切り開かれ、そこに文化住宅が建...
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下北沢X物語(1175)~もう一つの海軍村~
「武蔵野がフラットだったらもっと早くに戦争は終わっていたろう」 武蔵野各所への自転車巡遊行から思いついたことである。戦跡関係をあちこちと訪ね回っての気づきである。軍事施設も、また、...
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下北沢X物語(1174)~「中島飛行機」の跡を訪ねて~
わたしたちは負け戦を記憶から消し去ろうとしているのではないか、この頃、そんな疑いを持つようになった。どの戦跡に行っても解説版はほとんどない。広大な敷地を占めておりながら何も、その...
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下北沢X物語(1173)~湧水が喉にとろける命の味5~
時は刻々と変転し、流れてゆく。お彼岸の今日、彼岸へ去ってしまった過去を求めて、巡礼の小旅行に出た。自転車での63キロの武蔵野ペダル巡遊行である。多摩墓地への墓参のついでに前から行...
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横浜散歩 イタリア山庭園 外交官の家
昨日、フラワーアートデザイナーの友人から連絡が入り、今結婚式のウエディングプロデュースの仕事の最中だとのこと。それも山手のイタリア山庭園、外交官の家という事で、早速お邪魔しに伺いま...
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下北沢X物語(1172)~湧水が喉にとろける命の味4~
命の源泉は水である、ことにサイパン島では水の入手が難しかった。家々はトタン屋根で葺かれていた。天水を集めるために都合がよかった。ところが空襲や艦砲射撃によって家々は破壊され、...
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但州湯島の盆レポート①
城崎の新たな風物詩として盛り上がりを見せる但州湯島の盆は、城崎の四季を表現した「城崎小唄」に大谿川の流れや橋、湯けむりなどをイメージした振り付けで、そのゆったりとした動きが秋の訪れ...
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下北沢X物語(1171)~湧水が喉にとろける命の味3~
過去という大きな禍根の船が時間という黒い闇の中に消えつつある。戦争の記憶である。たまたま出会った人が記憶の襞から思い出をそっと取り出してくれた。 「戦闘の末期には、もう声で応答し...
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かぐや姫は20歳を超えていた
かぐや姫は何年後に月へ行くかという問題が たけし軍団が答えていた。 かぐや姫は竹取物語のお話だが 20年後ってほんと おじいさん、おばあさんって死んでるしw 昔だから平均...
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下北沢X物語(1170)~湧水が喉にとろける命の味2~...
サイパン島玉砕の生き残りだという谷本貞雄さん話である。「わたしは四国の香川の下高岡出身でね、家は農家でした。家に居るよりはいいと思って、十五歳で海軍に志願したんですよ。まず入った...
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下北沢X物語(1169)~湧水が喉にとろける命の味1~...
B29の墜落地点を探していたら、思いがけなく、この重爆撃機の出撃地点にいた人に出会ってしまった。「わたしはね、サイパン島玉砕の生き残りですよ……」 幾つかの会話のやりとりを...
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下北沢X物語(1168)~小海線飯田線鉄道ライン文化考...
地名は土地の歴史を映し出す鏡だ。時間を刻んで来た人々の思いも籠もっている、その土地固有の匂いでもある。しかし、近代の我々は地名を大切にしない。都合のいいように改変してしまう。...
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下北沢X物語(1167)~小海線飯田線鉄道ライン文化考...
現代文明の行き着く先はどこなのかは分からない。が、直線時間と曲線時間はどこかで折り合いをつけなければならない。機械文明にゆだねる、なすがまま観ではなく、確たる文化観を持たなけれ...
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下北沢X物語(1166)~小海線飯田線鉄道ライン文化考...
碓氷峠、箱根峠、日本の鉄道にとってこの二つは試練の峠であった。これを鉄路で切り開いたことで近代を迎えられたと言える。日本の二大最難関峠である。 峠には今もなおとんでもない話が眠...
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下北沢X物語(1165)~小海線飯田線鉄道ライン文化考...
「汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ。」という言葉はよく知られている。民族学者の宮本常一が幼児期、ふるさと出て行くときに父が具体的なアドバイスをしてくれた。そのときの一番目の言葉で...
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下北沢X物語(1164)~帝都電鉄文化ライン考7~
井の頭線はかつての帝都電鉄の流れを汲むものだ。旧来の切り通し、築堤、カーブをそのまま残している。「吉祥寺へゆらゆらと延びる井の頭線」(「街の座標」清水博子)と小説に描かれてい...
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下北沢X物語(1163)~帝都電鉄文化ライン考6~
時間観というものがある。ジェイ・グリフィスが「《まあるい時間》を生きる女、《まっすぐな時間》を生きる男」という本を書いている。この著書の目次に、「時間をまっすぐにした男たち」とあ...
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下北沢X物語(1162)~帝都電鉄文化ライン考5~
鉄道の交差は機械文明の偶然的な所産である。その結果として現れる交差線は記号となる。真っ直ぐだったり曲がっていたりねじくれていたりする。「街の座標」のシンボルとなった小田原急行...
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下北沢X物語(1161)~帝都電鉄文化ライン考4~
文学は記号で捉えた物語である。その記号は真っ当だと文学的には成り立ちにくい。が、ゆがんだ形だと異色性がある。つまり伝わる記号となる。清水博子氏の「街の座標」は小田原急行鉄道と...
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下北沢X物語(1160)~帝都電鉄文化ライン考3~
時間とは、利便とは、風景とはなんだろうか?。副都心線の電車に乗って考えたことである。 そんな中で「時間を色づけているのが言葉ではないか。」と考えついた。それを授業の枕に振っ...
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下北沢X物語(1159)~「北沢川文化遺産保存の会」会報 第25号~
「北沢川文化遺産保存の会」会報 第25号 ...
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下北沢X物語(1158)~帝都電鉄文化ライン考2~
かつて帝都電鉄と称された井の頭線は獣道だった。野生の猿がこの線路を伝って渋谷までやってきたという。線路敷設当時の路盤が今もほとんどそのまま使われていることが獣に安心を与えた。沿線...
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下北沢X物語(1157)~帝都電鉄文化ライン考1~
渋谷に野生の猿が出現したそうである。そのテレビニュースは自分では見なかった。が、家人から聞いた話には耳踊るほどの面白さを覚えた。 この事件について動物学者らしい人がコメン...
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下北沢X物語(1156)~下北沢に墜落した戦闘機~
忽然と空から降ってくる敵機には黒船が落下してきたような驚きがある。豊富な食料品、嗜好品、煙草などが機体の中から出てくることがあった。実は、下北沢にも米軍戦闘機が墜ちていた、それ...
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下北沢X物語(1156)~久が原に墜ちたB29の痕跡を求め...
時間とは一体なんであろうか、この頃考えることがある。時間論的な視点から考えると荏原という地域は一層に興味深い地域であることに気づいてくる。時間の層がすこしずつ見えてきたからであ...
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下北沢X物語(1155)~久が原に墜ちたB29の痕跡を求め...
都市には時の物語が埋まっている。が、その露頭がどこにあるかは分からない。図書館の片隅にひっそり眠っていることも、あるいは町中の路地にこっそりと隠れていることもある。知らなければ分...
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イタチちゃうで、イラチやで
イラチとは関西弁で短気なこと。 大阪の人がめっちゃイラチなんは有名な話。 梅田の信号、青になるまであと何秒って出てたし、 残り数秒になったらみんな渡ってたもんなぁ・・・ “赤...
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下北沢X物語(1154)~久が原に墜ちたB29の痕跡を求め...
一つの事象は物差しに過ぎない。昭和20年5月25日の深夜西から低空で大田区に侵入してきたB29があった。久が原高射砲陣地は即座に応戦した。思いがけず弾が翼を広げた銀色の機関車に...
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下北沢X物語(1153)~久が原に墜ちたB29の痕跡を求め...
言葉はイメージを膨らませる。それが鮮やかであればあるほどその事実をもっと知りたいと思ってくる。ことに近隣で起こった事件だと一層の興味が湧く。 戦争時の記録である。B29が真っ二...
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下北沢X物語(1152)~戦争と文化5~
空から舞い降りて来た異色、異臭との遭遇によって肌身で敵を知った。超低空で飛んできたP51ムスタング、艦載機グラマンの操縦者が目に入った。金髪で青い目をしていた。「超低空で機銃掃...
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下北沢X物語(1151)~戦争と文化4~
異文化とぶつかったり交わったりすることによって人も国も磨かれはする。が、国境を海で囲まれている我等の場合、それは容易ではなかった。交戦状態になって初めてわれわれはこれまでとは...
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下北沢X物語(1150)~戦争と文化3~
得体の知れない色合いとの遭遇が出来事の始まりであったとも言える。まずは黒だった。黒船来航だ。衝撃と恐怖が江戸町民を襲った。文久三年二月(1863)のことだ。 英艦隊江戸湾示威廻...
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下北沢X物語(1149)~戦争と文化2~
文化は地表での生活様式、人々の性向、土地の特質を映し出す鏡である。戦争において現れた事象も端的にそれらを反映している。 われわれの文化の特質は「転変」、「情調」、「形」、という...
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下北沢X物語(1148)~戦争と文化~
戦争は文化を満載した時の方舟である。自身の戦争痕跡巡遊行はその幻の船を求めての旅であったように思う。 物事の全てが突出してくるのが事である。それは戦争だ、とくには歴史の大き...
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下北沢X物語(1147)~戦争の記憶:広島・下北沢6~...
「見るべきものは見た」と戦争の目撃者は言っていた。無塗装の銀色に光るジュラルミンの重爆撃機が西から飛んでくる。地上の照空陣地のサーチライトが空の巨艦を照らし出す。アメリカ軍の星...
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下北沢X物語(1146)~戦争の記憶:広島・下北沢5~
戦争という有事において国家というものの大本が端的に表れてくるものだ。航空機の搭乗員を例に取ってもよい。味方の戦闘機は決死の覚悟で任務に就き、生きるか死ぬかという思いでB29に...
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下北沢X物語(1145)~戦争の記憶:広島・下北沢4~
人の記憶世界は複雑だ、その世界は不分明である。が、分かってくると見えないものが見えてくる。下北沢真龍寺で開いた「戦争経験を聴く会、語る会」で話されたエピソードは貴重なもので...